非日常感
エル・デスペラード | 2026年4月16日
「ご飯が食べれなくなった。食べれても味がしなかった 。寝ていても泣きながら起きてしまい、寝れなくてジムでトレーニングしていても、セット間に泣きそうになった。
葛西さんとの試合だけを目標に生きた。」
Photo credit: New Japan Pro-Wrestling
エル・デスペラードの話
名前
「エルマリアッチ」「デスペラード」「レジェンドオブメキシコ」のあの[ただただカッコよく人が殺し合う]イメージが好きで、 そこからエル・デスペラードと名前を拝借した。
男子が思いついたかっこいいを全部やりました!みたいなあの感じが良いんだよね。。
マスク
デザインは俺と信用してる先輩と2人で出したアイデアを覆面工房のミステルカカオさんにまとめて頂いてデザインして頂いた
メチャクチャカッコよくて感謝しかない
俺がこのマスクを使うに足る選手になれるかってプレッシャーすら感じるマスクだった
俺はマスクで一番かっこいいのはドクトルエキス(Dr.X メキシコ人ルチャドール)だと思っていてそれもモチーフにさせて頂いてる。
そしたらドクトルエキスも野澤選手のスペルカカオがモチーフだったため、俺はスペルカカオの孫的なマスクマンになった 。
よくDMなんかでマスクを売ってくれって連絡をもらったりする。
ありがたいけど断っている。
ウルトラマンや仮面ライダーが自分のマスク売ってたら夢ないじゃん ?そんな感じ。
(他の人が売ってるのはなんとも思わんけど )
プロレスラーとして
とにかく「この人を見たい」と思わせるレスラーになるまで時間がかかったし、それは所属レスラーとての最低条件だと思っている。
考え方が空回りしていたのと、「こうでなければならない」という考えが強すぎて自分の可能性をずっとしてしまっていた事だと今は分析している 。
勿論他にも要因はあると思うけどね 。そこから抜け出せたのは考え方をぶち壊してくれた人との出会いだった。言葉でのアドバイスや試合をみて思った事や教わった事 パートナーとして、また対戦相手として試合で感じた事 そういうものの積み重ねで今の俺がある そしてそれは今でも続いていて俺の進歩の糧になっている 。
Photo credit: Beyond Gorilla
鈴木みのる
一番長く可愛がってもらっている大先輩で友達 。
鈴木軍に入りたくてメキシコでずっとそれを目標にルチャの試合を重ねていた 。
試合前に行っていたグラップリングやキックボクシングの指導、試合後のご飯やお酒、移動中のモンスターハンター。
昔のレスラーのとんでもないエピソードや、鈴木さんがアントニオ猪木、藤原喜明、カールゴッチら錚々たるメンバーからかけられた言葉を聞くのが大好きだった。
中でも一番覚えていて今でも実践しているのは
「試合中長々しゃべるな」
だった
『お前はアメリカで試合したら英語で同じことをするのか?』
とてもわかりやすかった 。
身体で全てを伝える事ができるのがプロレスなのに言葉で状況説明していたら上達はない そして違う言語で同じことはできない。だから俺は身体で表す事に必死になった 。
金丸義信
ずっと迷走してどうしたら良いのかわからない状況だった俺を軌道修正してくれた恩人 初めて俺とシングルマッチした後
「このままだと相当厳しいなこの選手」
と思ってたって後から聞いた。
それくらい俺はしんどい選手だった。
クラシックなレスリングが出来て全てのタイミングが素晴らしくて技は的確。まさに俺の理想の選手 。
組ませてもらってからはとにかく試合中の金丸さんの指示と動きに集中した いつしか指示されなくてもあらゆるシチュエーションでフォローできるようになっていった 自分の手数は増えたが技数は減った。
あらゆる引き出しを持っている選手 必要なことを必要な時に必要なタイミングで。俺のプロレスの主軸。
金丸さんと組ませてもらってスワーブ・ストリックランドとキース・リーとやらせてもらった試合は最高に楽しかった。
ただ
なんであんなでかい2人が俺たちと試合が組まれたのかのかほんと不思議
石井智宏
世界中がコロナというとんでもない危機に直面し新日本プロレスも興行を打てない期間があった。
俺もかかって、超高熱と全身の痛みと世界が逆さまになったような眩暈で本当にこのまま死ぬんじゃねえかって思ったな・・・
Photo credit: Beyond Gorilla
そんな中、ようやく新日本も無観客での配信オンリーの興行が行われることになった。
ヘビー・ジュニアヘビー混成のニュージャパンカップ 初日のメインイベントで石井さんとシングルマッチ 新日本は俺を殺す気か?と思ったよ。
あのサイズでヘビー級を渡り歩いてきた覚悟の人 ちょっとやそっとじゃ倒れないし打撃はキツいし速いしとにかく手数がある ズルしてなんとかしようかなと思ってたんだけど、あの人の正面に立つとそんな事するのが自分が小さ なったようで嫌になるんだよな。
だからみんなあの人の「正面衝突」っていう領域展開に巻き込まれてしまうキン肉マンと対峙したブロッケンジュニアやラーメンマンの心境(伝わらないだろうけどごめん)
あの試合は自分の持ってるもの全てを絞り出した試合だった 。
トラースキックなんてこの試合以来出した記憶ないな 。
そして正面から叩き潰された 。
俺が勝つまでこの人とシングルをやるって言った事を俺は覚えているし
数年後組むことになった時、石井さんからも言われた。
覚えていてもらえて嬉しかった 。
侍のような人
高橋ヒロム
同日入門の同期 2人とも身長制限の撤廃された最初の入門生だったため、三か月ごとに体力チェックをされ不合格ならクビという練習生時代を過ごした。
彼は海外修行中にすでにドラゴンリーとの鉄板カードで世界的に知名度を上げ、凱旋後から一気にトップレスラーとして地位を確立した。
悔しかったし、俺は自分が不甲斐なかったけれど同期生として誇らしかった。
彼がいなければ新日本プロレス内での俺の今のポジションはない 。
2020.12.11 日本武道館 BOSJ決勝、あの試合が今の俺の立場を作ってくれた。
ファレ
同期生
俺とヒロムが入って次の日曜日に合流。デカすぎたけど当時は110kgくらいだったと思う それでも俺とヒロムと同じ数スクワットやって懸垂、ロープ登りやらされてたのはほんと凄い 。いつもキチンと仕事してた
俺は本当に色々出来ないやつだったから、細かいところをフォローして貰っていた 。
感謝しかない
Photo credit: New Japan Pro-Wrestling
葛西純 一戦目
伊藤竜ニ選手との試合で史上二度目となるデスマッチによるベストバウトを獲り 、世界にその名を轟かせるデスマッチのカリスマ。
でも俺が葛西さんを知ったのはサムライTVでリング上でバナナの皮で滑って転んでいる葛西さんだった。
「リング上でこんなに馬鹿馬鹿しい事を本気でやっている」事がメチャクチャかっこよかった。
TAKAみちのく・タイチのタカタイチ興行でお願いして試合を組んでもらった。
葛西さんからしたら「なんで新日本の選手が俺とハードコアを?」と不思議だったと思う 俺は実は新日本ファンだった時代はほぼなく、ずっと冬木弘道選手のいた時代のFMWファンだったのでハードコア・デスマッチ・エンターテイメントは大好きだったし、普通の生活をしていたら経験することのないものをやりたい。
葛西さんとハードコアなんて夢のような試合だった。
そしてその試合で顎の骨が折れた。なんてことのないパンチで俺が歯を食いしばればよかったんだけれど、チョップを受ける時のノリで脱力して受けてしまったのが原因。
折れた瞬間体中の力が抜け、ペチョン。と情けなく尻餅をついてしまった。そのあと歯を食いしばることもできず、力の入らない身体でそれでも有刺鉄線ボードやノコギリボードを振り回してた 。
Photo credit: New Japan Pro-Wrestling
試合後マイクしたけど何言ってるかわかんねえのに葛西さんはキチンと汲み取って返答までしてくれた。やはりかっこいい。
(余談だけどこの時たまたま試合があって控え室にいたDOUKIに俺の代わりにスーパージュニア出てくれって言えたのも何かの縁だな。。。)
葛西純 二戦目
この試合がなかったら多分俺は死んでいたと思う。
葛西さんとの再戦が決まりもの凄いやる気に満ちてとにかく毎日が楽しかった。
幼稚園バスの中に子供が取り残され、炎天下のバスの車内で熱中症で亡くなってしまったという痛ましいものだった。
ちょうどその頃姪が産まれたばかりで本当に可愛がっていた 。余計に心がやられてしまった。
どれだけ怖くて暑くて辛くて絶望したかと思い、ご飯が食べれなくなった。食べれても味がしなかった 。寝ていても泣きながら起きてしまい、寝れなくてジムでトレーニングしていても、セット間に泣きそうになった。
葛西さんとの試合だけを目標に生きた。
だからSNS上で「葛西さんとの試合が終わったらそのまま死んじまうような全部を吐き出して闘う」「死んでも良い覚悟で戦う」と絶叫した。
その言葉通り俺は命懸けで全部出した。
自分が流血することになっても葛西さんごとカミソリボードにも突っ込んだ。必死だった。
・・・・・・
試合後リング上で
「世の中には死にたくなくても死んじまった奴らがごまんといる」「新日本プロレスでデビューして夢だったプロレスラーになれた幸せな奴が死んでも良いなんていうな」葛西さんは泣きながら叱ってくれた 。
俺もリング上で泣いて、その瞬間にいろんな事を考えた。
だから俺は今生きていられている。生きていてよかった。
デスマッチ・ハードコア
プロレスの醍醐味は「非日常感」だと思う 。
いわゆる普通の生活をしている人達では「やっちゃいけない」とされている事を全力でやる「殴る」「蹴る」「投げる」「極める」
だから見てる人達はエキサイトしてくれて、そして人間同士のドラマの部分に感情移入してくれる 。
勿論戦っている俺たちも本気で闘って本気で悔しがり、本気で喜んでいる。
スタンダードなプロレスだけでもこれだけ人間の感情が動くけど、エクストリームはさらに。
Photo credit: New Japan Pro-Wrestling
テーブルにパワーボムで叩きつけられる
椅子が壊れるほどぶん殴られる
建設用足場から落っこちる
蛍光灯、ガラスボードで皮膚が裂ける
デスマッチアイテムに関しては全部を把握している人はいないんじゃないかな?と思えるほど多種多様だ。
その根源は「流血」や「高所」といった本能的に死を連想させるようなものを使うことでの「レスラーの高揚」「観客の高揚」がある 。
Photo credit: New Japan Pro-Wrestling
しかしその試合内容はただただ残虐な出し物として消費するのではなく、強いメッセージがあると思う。
バーブ佐々木レフェリーの25周年興行「クレイジーフェスト」の締めのマイク
「これを見て明日からも自分も頑張ろうって思えませんか!?」
「これがデスマッチの力です」
試合中は勿論、私生活も俺はもうプロレスが基準になる
映画、舞台、アニメ、朗読劇、スポーツ。
全てのエンターテイメントはインプットになり、それをアウトプットする場が俺にとってはプロレスのリングになっている 。
リングの上には俺の全てが出ている 。
顔出てないけど。
Photo credit: New Japan Pro-Wrestling
本記事の翻訳にご協力いただいたクリス・チャールトン氏に、心より感謝申し上げます。
エル・デスペラードは、主に新日本プロレスで活動するプロレスラーであり、同団体にてIWGPジュニアヘビー級王座、IWGPジュニアタッグ王座、そしてNEVER無差別級6人タッグ王座を獲得している。
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“リングの外では、モクスリーへの対処はまるで「飼い慣らされた動物」を相手にしているようだ。だがリングの中では、まるで「野生の猛獣」を相手にしているかのようだ。”

